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遠山村(とおやまむら)は、かつて岐阜県恵那郡にあった村である。現在の恵那市の南西部、かつての恵那郡山岡町の東部に該当する。 小里川(庄内川支流)上流の村であり、村名はかつて存在した荘園(遠山荘)に由来する。 == 歴史 == * 平安時代末期から戦国時代末期まで、恵那郡遠山荘の一部。岩村城を拠点とする地頭であった遠山氏の所領。 * 江戸時代上手向村と久保原村は旗本の明知遠山氏の領地であった。馬場山田村は飯高が尾張藩領その他は岩村藩領とに分かれていた。飯高は、戦国時代の末期まで萬勝寺の寺領であったが関ヶ原の戦い後に岩村藩と旗本の明知遠山氏が領地を争って決まらなかった。そのため一旦は幕府の領地としたが、元和5年に尾張藩領に組み込まれた。 * 1897年(明治30年)4月1日 - 馬場山田村、久保原村、上手向村が合併し、遠山村となる。 * 1955年(昭和30年)3月1日 - 恵那郡遠山村と鶴岡村が合併し町制施行。山岡町となる。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「遠山村 (岐阜県)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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